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text:chomonju:s_chomonju140

古今著聞集 文学第五

140 東三条院関白前太政大臣九月十三夜の月に東北院の念仏に参り給へるに・・・

校訂本文

東三条院関白前太政大臣(兼家)1)、九月十三夜の月に、東北院2)の念仏に参り給へるに、夜もうち更けて、世の中も静かなるほどに、斉信民部卿3)を召して、「今宵ただにはいかがやまん。朗詠ありなんや」と仰せられければ、いとかしこまりて、しばしわづらふ気色なるを、人々、耳をそばだてて、「いかなる句をか詠ぜんずらん」と待つほどに、「極楽の尊を念ずること一夜」とうち出だしたりける、たぐひなくめでたかりけり。

この句書きたる斉名4)、やがて御供にさぶらひけり。わが句をしも、さばかりの人の朗詠にせられたりける、いかばかり心の中のすずしかりけん。

この句は、勧学会の時、摂念山林を賦する序なり。

 念極楽之尊一夜 極楽の尊を念ずること一夜

 山月正円 山月正に円かなり

 先5)句曲之会三朝 句曲の会に先だつこと三朝

 洞花欲落 洞花落ちなむと欲す

これは三月十五夜のことなり。九月十三夜に詠ぜられける、いかにと思ゆ。ただし、念仏の儀ばかりにとりよれるにや。故人の所作、仰ぎて信ずべきか。

翻刻

れにけりとそ後にきこえける (私云東北院は兼家公孫女上東門院/建立也時代相違不審)
東三条院関白(兼家)前太政大臣九月十三夜の月に東北院
の念仏にまいり給へるに夜もうちふけて世中もしつかなる
程に斉信民部卿をめしてこよひたたにはいかかやまん朗
詠ありなんやと仰られけれはいとかしこまりてしはし/s104r
わつらふけしきなるを人々耳をそはたてていかなる
句をか詠せんすらんと待程に極楽の尊を念する事
一夜とうちいたしたりけるたくひなくめてたかりけり
此句かきたる斉名やかて御ともにさふらひけり我句
をしもさはかりの人の朗詠にせられたりけるいかはかり心
の中のすすしかりけん此句は勧学会の時摂念山林
を賦する序なり
 念極楽之尊一夜山月正円
 光句曲之会三朝洞花欲落
これは三月十五夜の事也九月十三夜に詠せられける
いかにとおほゆ但念仏の儀はかりにとりよれるにや故人/s104l

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/104

之所作仰而可信歟/s105r

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/105

1)
藤原兼家
2)
底本「私云、東北院は兼家公の孫女上東門院の建立なり。時代相違。不審」と注。
3)
藤原斉信
4)
紀斉名
5)
「先」は底本「光」。諸本により訂正。
text/chomonju/s_chomonju140.txt · 最終更新: 2020/02/20 19:07 by Satoshi Nakagawa