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text:chomonju:s_chomonju330

古今著聞集 好色第十一

330 山に慶澄注記といふ僧ありけり・・・

校訂本文

1)に慶澄注記といふ僧ありけり。件(くだん)の僧が伯女にて侍りける女は、心すきずきしくて、好色はなはだしかりけり。年ごろの男にも少しもうちとけたる形を見せず、ことにおきて色深く情けありければ、心を動かす人多かりけり。

病を受けて命終りける時、念仏を勧めけれども、申すに及ばず、枕なる棹にかけたる物を取らんとするさまにて、手をあばきけるが、やかて息絶えにけり。法性寺の辺に土葬にしてけり。

その後、二十余年を経て、建長五年のころ、改葬せんとて、墓を掘りたりけるに、すべて物なし。なほ深く掘るに、黄色なる水の、油のごとくにきらめきたるぞ、涌き出でける。汲みほせども干(ひ)ざりけり。その油の水を五尺ばかり堀りたるに、なほ物なし。

底に棺せんと覚ゆる物、鋤に当たりければ、掘り出ださんとすれども、いかにもかなはざりければ、そのあたりを手をいれて探るに、頭の骨わづかに一寸ばかり割れ残りてありけり。

好色の道、罪深きことなれば、跡までもかくぞありける。その女の母をも同じ時改葬しけるに、遥かに先立ちて死にたりける者なれども、その体変らで、つづきながらぞありける。

翻刻

山に慶澄注記といふ僧ありけり件僧か伯女にて侍ける
女は心すきすきしくて好色甚しかりけりとし比のおとこにも
すこしもうちとけたるかたちをみせす事にをきて色ふかく
なさけありけれは心をうこかす人おほかりけり病をうけ
て命をはりける時念仏をすすめけれとも申に及はす枕なる
さほにかけたる物をとらんとするさまにて手をあはきけるか
やかて息たえにけり法性寺辺に土葬にしてけり其後/s227r
廿餘年を経て建長五年の比改葬せんとて墓を
堀たりけるにすへて物なし猶ふかくほるに黄色なる
水の油のことくにきらめきたるそ涌出ける汲ほせとも
ひさりけりその油の水を五尺はかり堀たるになおもの
なし底に棺せんとおほゆる物鋤にあたりけれは堀出
さんとすれともいかにもかなはさりけれはそのあたりを
手をいれてさくるに頭の骨わつかに一寸はかりわれ残
りてありけり好色の道罪深き事なれは跡まても
かくそありける其女の母をもおなし時改葬しけるに遥
にさきたちてしにたりけるものなれとも其体かはらてつつき
なからそありける/s227l

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/227

1)
比叡山延暦寺
text/chomonju/s_chomonju330.txt · 最終更新: 2020/04/22 11:46 by Satoshi Nakagawa