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text:chomonju:s_chomonju707

古今著聞集 魚虫禽獣第三十

707 後堀河院御位の時所の下人末重丹波国桑原の御厨へ・・・

校訂本文

後堀河院1)御位の時、所の下人末重、丹波国桑原の御厨(みくりや)へ2)供御(くご)備進のために下りける時、件(くだん)の御厨3)に山あり。その山に山葵(わさび)多く生ひたるよしを聞きて、ともにまかりけり。

ある山伏のありける、一人同道して行きたりけるに、件の山には八尾(やを)といふ蛇(くちなは)あり。長さ二丈あまりばかりなり。鎌首(かまくび)を立てて、この二人4)の輩(ともがら)にかかりて、大口をかきて飲まんとしけり。騒ぎまどひて逃げけれども、速きことかぎりなくて、いかにも遁るべきかたなし。そこに栗の木のありける本に杖のありけるを取りて、向ひ合ひたり。山伏は打刀(うちがたな)を抜きて向ふ。この時、蛇、え寄らで、しじかまりたりけり。

末重、「逃げんには、いかにも追ひ伏せられぬべし。また、いつをいつと、かくてためらひ立てらむぞ」と思ひて、杖を横たへて、そばよりするすると寄りて、首の根を強く打ちたりければ、打たれてひるみける所を、山伏、打刀をもちて切り伏せつ。その後、希有の命生きて、両人帰りにけり。

翻刻

後堀河院御位の時所下人末重丹波国桑原の御
厨人供御備進のためにくたりけるとき件みく
もやに山ありその山にわさひおほくおひたるよしを
ききてともにまかりけり或山ふしのありける一人同道
してゆきたりけるに件の山にはやをといふ蛇ありなかさ
二丈あまりはかり也かまくひをたててこの人のともから
にかかりておほくちをかきてのまんとしけりさはき
まとひてにけけれともはやきことかきりなくていかに
ものかるへきかたなしそこに栗の木のありける本に
杖のありけるをとりてむかひあひたり山ふしはうち/s550r
かたなをぬきてむかふこの時蛇えよらてししかまり
たりけり末重にけんにはいかにもをいふせられぬ
へし又いつをいとかくてためらひたてらむそと思ひ
て杖をよこたへてそはよりするするとよりてくひのね
をつよく打たりけれはうたれてひるみける所を山ふ
しうちかたなをもちてきりふせつそののち希有
の命いきて両人帰りにけり/s550l

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/550

1)
後堀河天皇
2)
「御厨へ」は底本「御厨人」。諸本により訂正。
3)
「御厨」は底本「みくもや」。諸本により訂正。
4)
「二人」は底本「人」。諸本により訂正。
text/chomonju/s_chomonju707.txt · 最終更新: 2021/01/26 18:07 by Satoshi Nakagawa