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text:k_konjaku:k_konjaku20-24

今昔物語集

巻20第24話 奈良馬庭山寺僧依邪見受蛇身語 第廿四

今昔、奈良に馬庭山寺と云ふ所有り。其の山寺に、一人の僧住けり。年来、其の所に住て、懃に勤め行ふと云へども、智り1)無が故に、邪見の心深くして、人に物を惜て、与ふる事無かりけり。

此くて年来を経るに、僧、既に老に臨て、身に病を受て、遂に命終らむと為る時に、弟子を呼て、告て云く、「我れ死て後、三年に至らむまで、此の坊の戸を開く事無かれ」と云て、即ち死ぬ。

其の後、弟子、師の遺言の如く、坊の戸を開く事無くして見るに、七日を経て、大きなる毒蛇有て、其の坊の戸に蟠れり。弟子、此れを見て、恐ぢ怖れて思はく、「此の毒蛇は、必ず我が師の邪見に依て、成り給へる也けり。師の遺言有て、三年は坊の戸を開くべからずと云へども、師を教化せむ」と思て、忽に坊の戸を開て見れば、壺屋の内に、銭卅貫を隠し納たりけり。

弟子、此れを見て、其の銭を以て、忽に大寺に持行て、誦経に行て、師の罪報を訪ふ。「実に師の銭を貪て、此れを惜むに依て、毒蛇の身を受て、返て其の銭を守る也けり」と知ぬ。此れに依て、「三年、坊の戸を開くべからず」とは遺言しける也けり。

此れを思ふに、極めて愚なる事也。「生たりし時、銭を惜しと思ふと云とも、其の銭を以て、三宝を供養し、功徳を修したらば、当に毒蛇の身を受けむや」とぞ、人、語りけるとなむ、語り伝へたるとや。

1)
底本頭注「智リ一本智恵ニ作ル」
text/k_konjaku/k_konjaku20-24.txt · 最終更新: 2016/03/14 01:59 by Satoshi Nakagawa