text:mumyosho:u_mumyosho069
目次
無名抄
第69話 寂蓮顕昭両人事
校訂本文
寂蓮顕昭両人事
この中に1)、春の歌をあまた詠みて、寂蓮入道に見せ申しし時、この高間の歌を「よし」とて、点合はれたりしかば、書きて奉りてき。すでに講ぜらるる2)時に至りてこれを聞けば、入道の歌、同じく高間の花を詠まれたりけり。「わが歌に似たらば違へん」など思ふ心もなく、ありのままにことはられける、いとありがたき心なりかし。さるは、まことの心ざまなどをば、いたく神妙なる人ともいはれざりしを、わが得つる道なれば、心ばえもよくなるなめり。
そのかみ、宣陽門院の御供花の会の歌に、「常夏契久(とこなつちぎりひさし)」といふ題に、「動きなき世のやまとなでしこ」と詠めりしをば、ある先達見て、「わが歌に似たり。詠み替へよ」と、あながちに申し侍りしかば、力なくて当座に詠みかへてき。たとしへなき心なり。
そもそも、人の徳を讃めんとするほどに、わがため面目ありし度(たび)の事を長々と書き続けて侍るが3)をかしく、されどこの文(ふみ)の得分(とくぶん)に、自讃少々まぜてもいかが侍らむ。
翻刻
寂蓮顕昭両人事 このなかに春の哥をあまたよみて寂蓮入道にみせ 申しときこのたかまの哥をよしとててんあは れたりしかはかきてたてまつりてきすてにかう せるる時にいたりてこれをきけは入道の哥をなし くたかまの花をよまれたりけり我哥ににたらは ちかへんなとおもふ心もなくありのままにことはられ けるいとありかたき心なりかしさるはまことの心さ/e56r
まなとをはいたく神妙なる人ともいはれさりしを 我ゑつる道なれは心はえもよくなるなめりそのかみ せんやう門院の御供花の会の哥にとこなつちきり ひさしといふ題にうこきなき世のやまとなてしこ とよめりしをはある先達見てわか哥ににたりよみ かへよとあなかちに申侍しかはちからなくて当座によ みかへてきたとしへなき心なり抑人のとくをほめん とするほとに我ため面目ありしたひの事を なかなかとかきつつけて侍哥をかしくされとこの ふみのとくふんに自讃せうせうませてもいかか侍らむ/e56l
text/mumyosho/u_mumyosho069.txt · 最終更新: 2014/10/10 23:56 by Satoshi Nakagawa